血液型による性格判断

 この夏は読書がスローである。視力が落ちてきていることもあるが…。
 「魍魎の匣(中)」が終わった。いよいよ下に入る。が、その中の中に、面白い行(くだり)を見つけた。
 京極堂が事件の真相について語っている中で出てきた台詞だ。

…血液型なんぞで性格が分かるなどと言うまれに見る大馬鹿な学説を唱えた学者を僕は知っているが、これなども同様で、あからさまに「異人」や「穢れ」を差別しにくい社会には、こういう隠れ差別が流行るんだよ…

 面白い見方だと思う。まぁ、小説の一部だから、本気になるほどのこともないかも知れないが、ABO式の血液型で性格判断とは笑止千万。
 血液型そのものにもたくさんの種類がある。その中でなぜABO式なのだ。ABO式のA型と言っても厳密にはAAとAOがある。その違いはどうなのか?よしんば、より細かくそこまで言及しているものもあったとしてもたかだか6種類である。人間をたかだか6種類(あるいは4種類)に分類できるのだろうか。自分の身の回りの人間を思い出してもらいたい。そして6種類(あるいは4種類)に分けられますか?人間ってそんなに単純なのか?(もっと複雑なものだと思いたいよなぁ)遊びで言うならともかく、必死になられるとなぁ。
 
 もう一つ、占いなどは、当たっている部分は「をを、当たったではないか」と印象に残り、当たっていない部分ははじめから占いだから所詮当たらないからなぁ程度でそう思っているので、意識から消える。結果として、意識に残るのは「当たっている」部分となる。で、この占いは当たるんだと思ってしまうことが多い。楽しむ分には問題ないだろうが、大事な判断を任すのはいけない。占いに騙されてはいけない。自分の行く先は自分で決めるものだ。…という意識は常に必要だろうね。
 
 しかし、暑いのに、こんなこと必死で考えてどうするの。
 
 写真は先日梅田の串王に行ったときのもの。大根のサラダが串カツには合う。ビールもモルツで美味い。どうでも良いことだろうけどね。